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これは初代パブリカ及び初代カローラの開発主査である長谷川龍雄が打ち出した、次の考え方である。
1955年発売の初代クラウンの中村健也以来、トヨタ車の開発責任者は「主査」(1989年以降はチーフエンジニア)と呼ばれる。 1960年代の業界再編期以降はグループ内各社との共同開発も多く、小型車用エンジンの新規設計や一部の小型車の企画はダイハツ工業の、トラック開発は日野自動車の参画を得ている。