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石垣で積上げた田圃と田圃との間の坂路を上るにつれて、烏帽子(ゑぼし)山脈の大傾斜が眼前(めのまへ)に展けて来る。山を愛するのは丑松の性分で、斯うして斯の大傾斜大谿谷の光景(ありさま)を眺めたり、又は斯の山間に住む信州人の素朴な風俗と生活とを考へたりして、岩石の多い凸凹(でこぼこ)した道を踏んで行つた時は、若々しい総身の血潮が胸を衝(つ)いて湧上るやうに感じた。広野、湯の丸、籠の塔、または三峯(さんぽう)、浅間の山々、其他ところ/″\に散布する村落、松林--一つとして回想(おもひで)の種と成らないものはない。